2010年
ゆういちの抜けた穴は大きかったが、サポートベーシストちゅーやん氏は素晴らしく、ホームグラウンドOB&OGでのライヴはギルト史に残る名演となる。ギルト初の野外、服部緑地公園でのステージも実現。しかし、引く手数多で多忙を極めるちゅーやん氏を、いつまでもギルトに留めるわけには行かなかった。
2011年12月
コジコジはギルトの友人であり、もう四半世紀もギターを弾いてるのに機材をちっとも使いこなせないなお☆ヤンの
技術アドバイザーでもあった。
そんな彼が紆余曲折を経てベーシストとして正式加入を決意。
2012年11月
それから色々と、ギルトは頑張った。大雨が降る大阪城音楽堂(野外)で「音楽を愛する仲間の会」が開催され、トリで出演するもイベント全体を通じて観客は 10名いるかいないか。梅田アムホールでも観客2名を経験しているが、今回ついに0名を達成。誰も追い抜けない偉業となろう。動画も残っているが、実に泣ける。
2013年8月
コジコジが思っていた以上になお☆ヤンはストレンジャーだった、エイリアンでクリーチャーだったようだ。
「ネックが弱くチューニングが狂うギターを替えてと言ったら、ネットオークションで3000円のフライングVを買うような人は嫌だ」
と、彼はギルトを去った。
ただ、今でもバンドの良き友人だ。何のわだかまりも無い。
ほらよくあるでしょ。
「友達としてならいいけど付き合うのは何か違う」っていう。
2013年9月
昔からなお☆ヤンをよく知り、かつ力で勝る人物、シュウが現れ、ベーシストを引き受けてくれた。バンドはまたしても奇跡の復活を遂げる。